かべぬり又兵衛
慶長一六年亥12月3日付『禁中様女院之御所常御殿白壁坪数之帳』の表紙と、同18年己12月吉日付『禁中御位御所御作事手形案』の中には、それぞれ「かべぬり又兵衛」の名が見える。
なお右の四通を除く他の検地帳はすべて元和五年付、職名はすべて「かべや」または「壁や」で統一されています。
以上から、「かべぬり」・「かべ(壁)や」及び「さくわん」はすべて同義語として扱われており、時に応じて任意に使い分けられていたことが知られるでしょう。
幕府直轄工事における公文書においてすらこのありさまであれば、一般の混乱は推して知るべしです。
すなわち、この時期がその呼称のうえでも、外壁リフォームの過渡期であったことを如実に示しています。